アメリカ〈カリフォルニア〉

アメリカでは当初、土着品種のブドウ栽培がおこなわれていましたが、なかなかうまくいかなかったようです。
そんな中、アメリカにヨーロッパのブドウ品種が渡ったのは19世紀のこと。
ボルドー地方出身の人物が、カリフォルニア州でブドウの栽培をはじめたのが発端となりました。
しかし、その後アメリカのワイン産業は波乱の一途をたどることになります。
害虫フィロキセラの被害
アメリカでヨーロッパ系のブドウ品種が栽培されてからわずか数年で、害虫フィロキセラの被害を受けてしまいます。
もともとヨーロッパ系のブドウ品種はフィロキセラに弱く、ブドウ畑は壊滅的な状況に。
しかし、この危機を救ったのがアメリカ系のブドウ品種でした。
アメリカ系のブドウはフィロキセラに対して免疫があるため、被害を受けません。
そのためヨーロッパ系のブドウをアメリカ系のブドウと接ぎ木(近い分類の二つの植物を人為的につなげること)することによって、絶滅を防ぎました。

※フィロキセラ=ブドウネアブラムシ
主にブドウの根に寄生し、樹液を吸い取ることで木を枯らせる。
葉にも寄生することがあり、上の写真のようにコブを作る。
禁酒法
1919年、アメリカでは酒類の製造・販売が禁止される法律が施行。
アメリカのワイン産業はまたもや打撃を受け、壊滅的となります。
この禁酒法は14年間も続き、ワイン産業は一時衰退しました。
しかし、禁酒法がとけるとワイン産業は再び注目され、新技術の導入なども合わさり回復していきます。
今では新世界を代表するワイン生産国にまで発展しました。
カリフォルニア
ワイン生産をリードする旧世界に、新世界の中で最初に認められたのはカリフォルニアワインです。

パリスの審判
1976年、カリフォルニアはワイン界に一大センセーションを巻き起こします。
それは、業界人を集めパリで開催されたブラインド・テイスティングで起こりました。
ブルゴーニュやボルドーといったフランスの名だたるワインとアメリカのワインを目隠してテイスティングし、
おいしいものから順位をつけた結果、カリフォルニアのワインが赤ワイン、白ワインともに一位に選ばれました。
それまで新世界のワインの質が旧世界のワインの質を超えるということはありませんでしたが、
このテイスティングにより、カリフォルニアワインが一目置かれることになりました。
この出来事は「パリスの審判」と呼ばれ、ワイン界の常識と偏見を覆すこととなったのです。
カリフォルニアのワイン
カリフォルニアはアメリカ国内のワイン生産の一大産地です。
国内の実に8割以上のワインがここカリフォルニアで生産されています。
カリフォルニアは温暖な気候で日照に恵まれ、ブドウの栽培に適した地域。
黒ブドウではカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、ピノ・ノワール、ジンファンデル、白ブドウではシャルドネなどが主に生産されています。
ナパ・ヴァレー
カリフォルニアの中でも、特にノース・コーストは重要な地域です。
カリフォルニア州を代表し、またアメリカ国内でもっとも有名な産地「ナパ・ヴァレー」もノース・コースト地域にあります。
生産量自体はカリフォルニア州内の5%ほどしかありませんが、恵まれた気候と土壌を生かしてフランス原産のブドウを栽培し、高級ワインの生産をしています。

ナパ・ヴァレーのワインは凝縮感のある濃厚な赤ワインで、ボルドーワインに似たようなワイン。
事実、有名な「オーパス・ワン」の産地でもあります。
オーパス・ワンは、カリフォルニアワイン界の重鎮であるロバート・モンダヴィ氏と、
ボルドーの五大シャトーの一つである「シャトー・ムートン・ロスチャイルド」のオーナーであったバロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド男爵が生み出した類まれなワイン。
世界的にも高評価を受けた高級ワインです。
ソノマ
ソノマは、カリフォルニア州ノースコーストでナパ・ヴァレーとともに覚えておきたいワイン産地です。
ジンファンデルの濃厚な赤ワインや、良質なシャルドネのまろやかな白ワインほか、スパークリングワインの生産もおこなわれています。
新世界の筆頭であるアメリカのカリフォルニアワインについて解説しました。
次のページでは、アメリカのその他の地域についてみていきましょう。